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医療崩壊、12月に危機 新型コロナ、初の感染確認から1年

2021/3/8 23:31

県立広島病院が設けた新型コロナウイルス感染者の専用病棟(1月15日、広島市南区)=画像の一部を修整しています(撮影・高橋洋史)

 感染者が急増した昨年12月、広島県内の医療機関では何が起きていたのか。当時の実情から医療崩壊を防ぐための方策が浮かぶ。

 ■病院の苦悩 現場続く「綱渡り」

 「崩壊が始まっている」。広島市医師会が記者会見し、そう訴えたのは、第3波の渦中にあった昨年12月18日だった。「本当に危機的状況だった」とは、重症者の治療に当たっていた広島大病院(南区)の大下慎一郎准教授。容体が落ち着いてきた人を別の病院に移すと即、次の患者が運ばれてくる。「綱渡り」が続いていた。

 最重症の人に使う人工心肺装置の扱いに精通する大下医師は、重症者をどの病院に入れるか、県の担当者と共に調整する役割も担っていた。連日連夜、新たな患者の発生を伝える電話が鳴る。だが当時は、県内の専用ベッドが30床に満たなかった。広島市内はうち10床ほど。ベッドが埋まり、市内の患者を福山市の病院に運んだケースもあった。「搬送のリスクもあるが、やむを得なかった」

 目の前の患者に全力投球する日々。大下医師は「ふと気付けば医療が音も立てずに崩壊していっている。初めて、そんな恐ろしさを覚えた」と振り返る。

 重症者以外を診てきた広島市内のある病院長も「本当にしんどかった」と明かした。12月は受け入れ人数を目いっぱい増やしたが、以前より症状の重い人が切れ目なく運ばれてきた。ホテル療養中の軽症者が急変し、夜中に救急車で運び込まれることも。入院中に容体が悪化し、亡くなった人も複数いた。突然の別れを強いられ、やり場のない思いを抱く遺族のケアにも追われ、職員たちは心をすり減らしたという。
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