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大石又七さん死去 87歳、第五福竜丸「死の灰」証言

2021/3/22 11:07

大石又七さん

 ビキニ事件で被曝(ひばく)し、核廃絶を訴え続けた静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」の元乗組員、大石又七(おおいし・またしち)さんが7日午前、誤嚥(ごえん)性肺炎のため神奈川県三浦市の病院で死去した。87歳だった。静岡県出身。葬儀・告別式は近親者のみで執り行った。

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 14歳で漁師になり、第五福竜丸に乗り組んで操業していた1954年3月1日、太平洋・マーシャル諸島のビキニ環礁で米国が実施した水爆実験「ブラボー」による放射性降下物「死の灰」を浴びた。

 乗組員23人全員が被曝、半年後に無線長久保山愛吉さん=当時(40)=が亡くなった。放射性物質に汚染されたマグロの廃棄なども影響して反核世論が高まり、広島で55年8月6日、第1回原水爆禁止世界大会が開かれた。

 事件後、上京しクリーニング店を経営。多くの元乗組員が口をつぐむ中、がんなどのさまざまな病気に苦しみながら自らの体験を語り、核兵器の恐ろしさを伝えた。船体を保存している東京・夢の島の「第五福竜丸展示館」や学校、各地の集会で講演。著書は英訳本を含め5冊を出版した。

 2011年3月に東京電力福島第1原発事故が起きてからは、原発も含む「核」の廃絶を強く訴えた。12年4月、脳出血で倒れたがリハビリで乗り越え、13年1月に復帰。第五福竜丸展示館の学芸員らのサポートで証言活動を続けた。被曝から60年の14年3月にはマーシャル諸島を訪れ、追悼式典であいさつした。

 19年に転倒して脚を骨折し、神奈川県内の施設に入所。証言活動は困難になったが、訪れた人たちに自身の体験を伝えていた。


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