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呉の被災夫妻「備え大切に」 芸予地震、24日で20年

2021/3/22 23:00
高台にあった自宅の跡地で、芸予地震を振り返る川上さん夫妻。左は両城2区自治会の山上文恵会長

高台にあった自宅の跡地で、芸予地震を振り返る川上さん夫妻。左は両城2区自治会の山上文恵会長

 広島県沖の安芸灘を震源とし、県内を中心に多数の死傷者や住宅被害を出した芸予地震は24日、発生から20年を迎える。呉市両城地区の川上吾郎さん(82)、かほるさん(76)夫妻は自宅直下の斜面が崩れ、家の取り壊しを余儀なくされた。「いつ、どこで起きるか分からない」。夫妻は日頃の備えの大切さを訴える。

 「景色がよく、ゆっくりできる家で大好きだった。だけど諦めるしかなかった」。両城地区の高台の一画。かほるさんは更地となった自宅跡を吾郎さんと訪ね、ぽつりとつぶやいた。

 自宅跡には「危険住宅移転事業跡地」と書かれた看板が立つ。芸予地震を受けて民家が取り壊され、住宅利用ができなくなった土地を意味する。周りには、同じ看板のある空き地が点在し、多くの民家が姿を消した事実を伝える。

 地震当日、突き上げるような衝撃の直後に横揺れが続いた。「畑のうねが一瞬のうちになくなった」。自宅近くで畑仕事をしていた吾郎さんは、激しい揺れを今も鮮明に覚えている。すぐに畑を離れ、近くの道路から家を見上げて言葉を失った。石垣がなくなり、家の基礎の一部が宙に浮いていた。

 その後、家財道具を運び出し、県営住宅で約1年過ごした。一瞬にして、奪われた大切な日常。自宅は取り壊し、近くの別の住居へ移らざるを得なかった。

 東日本大震災、熊本地震…。その後も大規模な地震は相次ぐ。20日にも宮城県を最大震度5強の揺れが襲った。夫妻は被害を目にするたび、20年前を思い出して胸が痛む。「いつ、また起きるか分からん。備えが大切なんです」。吾郎さんは芸予地震の後に様変わりした呉の町並みを見つめ、力を込めた。(浜村満大)

 <クリック>芸予地震 2001年3月24日午後3時27分ごろ、広島県蒲刈町(現呉市)沖の安芸灘を震源に発生。震源の深さ46キロ、地震の規模を示すマグニチュード(M)6・7。広島県河内町(現東広島市)や熊野町などで震度6弱、広島市や呉市、三原市などで同5強を観測した。内閣府によると、中国・四国地方で2人死亡、288人が負傷。住宅全壊70棟、半壊や一部損壊は計約5万棟、停電や断水は、それぞれ4万世帯を超えた。


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  • 芸予地震で石垣が崩れ、基礎部分が宙に浮いた川上さん宅(中央)=2001年3月24日(川上さん提供)

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