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【バスケットボール】選手さろん特別編 尺野将太監督(37)

2021/3/25 9:53
尺野将太監督

尺野将太監督

 ▽気分一新 ここまで変わる

 ―監督就任から1カ月がたちました。

 不安も多いし、やることが多くて落ち着かない。時間がなく、戦術の根本を変えたわけじゃないのに、プレーに幅が出てきたという選手の声がある。もう一度頑張ろうと選手が気分を一新したことで、ここまで変わるんだと驚いている。

 ―昨年、下部組織での指導と並行して、個人的に広島市西区に屋内コート「バスケットボールベース」をつくり、個別指導などを始めました。

 新型コロナウイルスの影響で公共施設が使えない中、練習できる場所があればと思った。園児から中学3年までを教えており、事業として月単位で黒字が出るようになっていた。ただ監督に就任したことで、今は(チーム練習が休みの)月曜日にしか指導できない。それでもバスケを教わりたいと来てくれる人が多く、うれしかった。

 ―ドラゴンフライズU―15(15歳以下)の監督も退任しました。

 今でも週2回の練習はできる限り行っている。中学3年は新型コロナの影響で大会が中止になった。その中で自分もいなくなった。申し訳ない。最後まで見てあげたい。

 ―バスケ漬けの生活ですね。

 午前中は練習メニューを考え、昼から練習。夜は週2日、U―15の練習に顔を出す。トップチームが休みの月曜は午前中にスタッフミーティングをして、午後から「バスケットボールベース」で指導する。

 ―私生活がないですね。

 1人暮らしで自由にやっている。結婚して子どももほしいと思うけれど、この生活では出会いもない。求めていないわけではないが、この生活を分かってくれる人じゃないと難しい。

 ―広島・祇園北高の出身ですが、当時から指導者を目指していたのですか。

 高校時代、足首の靱帯(じんたい)を断裂したこともあって、トレーナーに興味があった。指導者になるきっかけは、千葉大1年の冬。誘われて、小学生と中学生の兄弟を指導した。4時間教えたけれど全くうまくいかず、頑張ろうと思った。

 大学4年の時に選手兼任で監督を引き受けた。監督のいないチームで、選手としては一番下手だったから。

 ―トップリーグでの選手経験はありません。それについて、選手に何か言われたことはありますか。

 横浜時代にあった。ただ、そんなこと言ってもしょうがないでしょ、というやりとりになった。気にはしなかった。(選手には)映像を見せて、具体的に改善点を伝えるようにしている。

 ―指導者として、どんな将来像を描いていますか。

 トップチームの監督にそこまで執着しておらず、広島で育成年代に関わる仕事がしたい。4月からクラブのU―18(18歳以下)チームができる。その年代のバスケ界は変化があると思うので、そこを整備するために何かできたらと思っている。(聞き手は矢野匡洋) 

 しゃくの・しょうた 1983年12月20日生まれ。広島市安佐北区出身。広島・祇園北高、千葉大、千葉大大学院を経て、茨城・聖徳大取手聖徳女高で保健体育教諭となり、バスケ部を指導。2013年、女子日本代表の分析担当に就任。16〜17年シーズンからB1横浜のアシスタントコーチとなり、2季続けてシーズン途中で監督に昇格した。18〜19年シーズンに広島の監督を務めた後、育成組織で指導。堀田前監督の解任に伴い、2月にトップチームの監督に復帰した。

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