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県立広島工業高校(広島市南区)<3> 原爆からの復興、各界で力尽くす【高校人国記】

2021/3/26 11:55
校舎そばにある被爆建物・旧陸軍被服支廠(ししょう)。千田町3丁目から移転後、実習室などとして1960年代半ばごろまで使われた

校舎そばにある被爆建物・旧陸軍被服支廠(ししょう)。千田町3丁目から移転後、実習室などとして1960年代半ばごろまで使われた

 なんとか役立ちたいと、資金難のカープで鉛筆売り

 「野球で復興のお手伝いができたのは幸せだった」。広島東洋カープ草創期の捕手で、広島カープOB会名誉会長の長谷部稔(89)は、こう戦後を振り返った。野球を本格的に始めたのは、土木技師を目指していた高校時代。原爆投下時は動員先の工場が停電で休みのため、郊外の自宅にいて無事だったが、戦後、通学途中に広島駅で見た「荒廃した光景」が野球にのめり込ませた。
(ここまで 198文字/記事全文 2215文字)

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  • 広島東洋カープ草創期に捕手だった長谷部稔。苦難の歴史を語り継ぐ
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