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母の認知症悪化、生活一変 コロナ感染、中国地方50代女性の体験<下>(2020年8月12日掲載)

2020/8/12 20:02
退院後、一覧表を見ながら母親が入所する福祉施設を探す女性

退院後、一覧表を見ながら母親が入所する福祉施設を探す女性

 「退院して差別されたら、訴えてやろうね」。新型コロナウイルスに感染し、広島市内の感染症指定医療機関の4人部屋に入院していた私は、同室の患者と軽口を言い合った。

【グラフ】広島県の新型コロナウイルス感染者数と医療提供状況

 入院から3日後の4月23日に熱は下がり、せきなどの症状もない。ただ、(当時の退院条件だった)PCR検査はなかなか2回連続で陰性にならず、退院の許可が下りなかった。

 部屋には洗面所があり、トイレとシャワー以外で動くことはない。ベッドの間はカーテンで仕切られ、給湯器や洗濯機など、指が触れる場所には全て「使用中止」の張り紙。食器も使い捨てで、ポリ袋に入れてひもを縛っておくとスタッフが捨ててくれた。

 何もすることがない時間の中、テレビは見られた。ただ、新型コロナに関する番組は避けた。コロナという言葉を聞きたくない、悪いレッテルを張られた気分だった。

 ▽周囲からの偏見

 5月1日、夕食後に医師から退院を告げられた。興奮してその夜は眠れず、消灯後の病室でこっそり携帯ラジオを聴いて過ごした。三次市内の実家で同時期に感染した80代の母親と50代の弟は、まだ広島県内の別の指定医療機関に入院中だった。

 翌日、公共交通機関で実家に戻ると、今までになかった感覚に襲われた。ウイルスが残っているかもと、布団や座布団の端をそっと持ち上げ、天日干し。母親と弟と私で「3密」になった車内で使っていた座布団は捨てた。手袋をはめ、部屋のドアノブやトイレなど、あちこちを消毒して拭き上げていった。それくらい神経質になっていた。

 母親と弟はほぼ1週間後の9日に退院。26日間に及ぶ入院で、母親の認知症はかなり進行していた。退院直後は失禁が続き、今も時折ある。コーヒーをおかずにかける「変な食べ方」もするようになった。

 ダウン症の弟1人では今の母親の面倒を見られない。以前のように定期的に広島県外の自宅から様子を見にくるだけでは生活が成り立たないのは明らかだった。入所施設を探さなければ。

 しかし、施設探しは難航した。定員に空きがないのは仕方ないが、新型コロナの感染歴を理由に断られることもあった。ある施設は、手続きを進めている途中で「再発したら対応できない」と態度が変わった。医師からは「再陽性になっても人にうつすことはない」と聞いていたから、納得できなかった。

 ▽救いの手 ほっと

 実家への足止め状態は続き、結局、母親の入所が決まったのは、退院から2カ月以上たってから。もう少し早く決まってほしかったと思う一方、受け入れてくれた施設のスタッフは「陰性なんでしょ」と、気にもとめない感じで言ってくれた。救いの手を差し伸べてくれた、とほっとした。

 新型コロナは世界中で猛威を振るい、国内でも再び感染が拡大している。県境をまたぐ自宅と実家を行き来すると、2週間は他人との接触を避けないといけない状況。職場復帰もかなわず、ボランティア活動にも顔を出せない。周辺に新型コロナ感染者が出た際に感染源として疑われたくない。感染によって生活が一変した私の経験から、それぞれの人が新型コロナについて考えてみてほしい。(聞き手は小山顕) 

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