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【詳報・克行被告第52回公判】弁護側被告人質問<3>私の得票数はだんだん減っている

2021/4/5 20:43

■胡子雅信江田島市議への現金提供

弁護人 続いて江田島市の胡子さんについて聞く。

被告 江田島市の市議です。私が旧広島1区から衆院議員に立候補したのが1993年だったと思います。公示の直前でした。当時は中選挙区だったので(落選したが)、次の衆院選も中選挙区制で行われる可能性があると思っていました。選挙制度改革法案もまだ成立の見通しが立っていなかった。それで落選した後は中選挙区の旧広島1区の全域を回りました。今の江田島市、当時の佐伯郡ですが、応援していただいた人の名簿をはぐって回る中で胡子さんのお父さんがいました。お父さんから「息子が慶応卒だから(あなたと)同窓だよ」と言われたことがあり、「息子にも応援をお願いしておく」と励まして下さり、心強く感じたのを覚えています。当時、一緒に彼(胡子市議)がいたのかいなかったのかは定かではありませんが、そうして胡子市議との政治的な付き合いが始まりました。

弁護人 最初に胡子市議のお父さんと会ったとき、胡子市議は既に政治家だったのか。

被告 まだ立候補していなかったと思います。

弁護人 その後、市議選に出るようになったということか。

被告 はい。ため書きや電報をわざわざ船に乗って江田島市の事務所を訪れて持って行き、激励したこともあります。

弁護人 今回は仲間づくりということでお金を差し上げたのか。

被告 はい。彼も私の政治資金パーティーに1、2度わざわざ江田島から出てきていただきました。お父さんから「河井克行を頼りにするように」と言われていたのではないかと思います。

弁護人 他にお金を差し上げた時に考えていたことは。

被告 彼は二度市長選に出て落選しています。人の少ない江田島で、あの若さで2度も市長選に出るというのは並大抵の根性ではないと思っていました。また市議になって戻ってきて、戦った相手の監視をする側にいます。ふるさとのことを考えて繰り返し繰り返し挑戦するのは政治家として立派だと思います。同時に市長選に出ているので業界団体や企業、各種団体にも知り合いが多いと考えていました。それで漁協回りをしたいと彼に相談しました。結果的に小規模な組合が数多く立地しているのですが、彼と訪問しました。最初の2、3回は彼も同行したと思います。先方の都合で同行できなかった漁協にしても、胡子さんの顔もあるだろうと思っていました。また、私がいくら回ったところで、私の政治活動ですから、案里が来ることが必要だと考えて「案里を回らせたいのですが」とこちらから提案しました。そうすると胡子市議から「父の開くカラオケ大会があるので絶好の機会だと思う」と言われました。カラオケ大会の日は、案里は(廿日市市)宮島町の厳島神社に参拝に行くことになっていました。江田島から宮島に陸路で行くと果てしなく遠いんですね。広島呉道路や山陽道を経由して廿日市インターで降りて宮島への連絡橋がない。これでは間に合わないと考え、それで提案したのが船をチャーターしたらどうか、ということでした。私の選挙区の広島3区は「海なし選挙区」です。船をチャーターして島から島へとそれこそ「瀬戸の花嫁」のようなことをするのも参院選広島選挙区の活動としてはぴったりだと思い、胡子市議に話をしました。同行した前田智代栄(元公設秘書)に船をチャーターして江田島からその後、宮島に直行しました。私自身、漁船をチャーターしたこともありませんし、乗ったこともない。漁船のチャーターの手配に必要なさまざまなお金も含めて取り急ぎ、胡子さんにお渡しすることが良いと思い、前田さんに(お金を)ことづけました。

弁護人 漁協を回った帰りの車中で被告人が前田さんに(お金を)渡し、船のチャーターに使ってくれと言ったのか。

被告 その辺りは判然としません。私自身が思いついて渡しました。

弁護人 だいたい一通り若手の政治家との関係を聞いてきた。これまで名前を挙げた人の中でこれまでに氷代・餅代を渡した人はいるか
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