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野球・サッカーの伝来初期、江田島でプレー 海軍兵学校の史料発見

2021/6/2 22:50
サッカーを解説したページを宇根川さん(左)と見るサンフレの仙田社長

サッカーを解説したページを宇根川さん(左)と見るサンフレの仙田社長

 江田島市学びの館(同市江田島町)が所蔵する史料「久枝(ひさえだ)家文書」の中に、日本に野球やサッカーが伝わって間もない明治中期、江田島にあった海軍兵学校で両競技が公開でプレーされたことを記した小冊子が見つかった。ルールが詳しく解説され、まだ一般になじみのないさまが浮かぶ。西洋スポーツの受容史を補強し、広島とのゆかりを証す資料として専門家たちも注目している。

 冊子は、1890(明治23)年12月19日付の「四号生徒及第証書授与式次第書 海軍兵学校」。江田島で長く庄屋を務めた久枝家から市に寄贈された文書の中にあった。元呉市史編纂(へんさん)室長の千田武志・広島国際大客員教授が、本年度内に刊行を予定する「呉市史資料編 海軍I」に収録するため、文書を整理する中で見つけた。

 ほぼA6判大の袋とじ和装本で、印字面は15ページ。元江田島市文化財保護委員長の宇根川進さんは「当時の兵学校の最下級生が『四号生徒』。進級を祝う式のパンフレットと思われる。来賓として招かれた久枝家の当主が持ち帰ったものではないか」とみる。

 ▽打席のバッター「ストライカー」
(ここまで 473文字/記事全文 1160文字)

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  • 野球のルールを解説したページ。球場の設営法も図示している
  • 「フートボール」(サッカー)のルール解説と競技場の図が載ったページ
  • 「四号生徒及第証書授与式次第書」の表紙
  • 江田島の海軍兵学校内でのサッカー競技風景(左上の写真)。写真帳「海軍兵学校生活」(1913年)から
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