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壁新聞を他の被災地にも 可部高3年・道上ゆなさん(18)【前へ 広島土砂災害7年】<1>

2021/8/12 20:52
壁新聞のコピーを手に、広島土砂災害で被災した頃を振り返る道上さん(撮影・藤井康正)

壁新聞のコピーを手に、広島土砂災害で被災した頃を振り返る道上さん(撮影・藤井康正)

 ▽「支援の恩返しのつもりなんです」

 7年前の広島土砂災害で避難所になった梅林小の校内に張られていた壁新聞がある。「ファイト!梅林しんぶん」。可部高(広島市安佐北区)3年の道上ゆなさん(18)=安佐南区八木3丁目=は、懐かしそうに見つめる。

 「あの時、一生懸命書いたんです。何か力になりたかった」

 同小5年生だった7年前の8月20日。同区緑井8丁目の自宅アパートは床下浸水し、同小に避難した。避難者はストレスがたまり一部で口論も起きていた。「今できることは」と年上の友人と協力しながら取り組んだのが壁新聞だ。

 マッサージに訪れたボランティアへのインタビューや、整理整頓の仕方…。テーマを決めて書き上げ、イラストも添えて掲示した。1年間で計6枚を発行。その後、テレビや新聞の報道を通じて住民が「よかったよ」「元気をもらえた」と受け止めていることを知った。

 「避難所で最初は暗かった大人の顔が、壁新聞を読んで少し変わったのがうれしかった」と振り返る。

 城山北中(同区)に進学後は、他の被災地にも目を向けた。九州北部の豪雨の被災地に、同級生たちのメッセージを集めた壁新聞を届けた。2018年の西日本豪雨の時は、生徒会長として街頭募金を実施した。

 可部高に進学後は、生徒会活動で、新型コロナウイルスの感染防止を呼び掛ける掲示をJR可部駅に張り出すなど地域貢献に力を入れる。「被災を経験したからこそ動けた。(被災時に受けた支援の)恩返しのつもりなんです」

 7年前の災害では、お世話になっていた横笛の指導者が亡くなった。毎年、梅林小の慰霊碑にそっと花を手向ける。

 「7年はあっという間でした」。大切な人を亡くした悲しみは今も消えない。同時に「被災で自分が変われた」とも感じるという。

 悲しみを経験した分、周囲の温かさが身にしみた。そして強くなった。だからこそ「復興していく地域とともに歩んでいきたいんです」。(石井雄一)

    ◇

 広島市安佐南、安佐北両区に甚大な被害をもたらし、災害関連死を含めて77人が亡くなった広島土砂災害の発生から20日で7年を迎える。当時10、20代だった若者の中には、災害に真正面から向き合い、防災に関する職や学びに教訓を生かしている人たちがいる。次代へつなぐ思いを追う。

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