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岸田首相の親族、連なる政治家たち 祖父・父・宮沢喜一元首相…

2021/10/5 0:21

 岸田文雄首相は、祖父の正記氏、父の文武氏の後を継ぎ、3代続けて衆院議員になった。父方の叔母の夫は元広島県知事で参院議員、法相を務めた宮沢弘氏。弘氏の兄が元首相の喜一氏に当たり、広島県政界きっての政治家人脈を築いている。

【年表】岸田首相の歩み

 文雄氏の著書「岸田ビジョン」などによると、正記氏は今の東広島市(旧広島県西志和村)出身。1928年に衆院議員となり、今の中国・大連で百貨店を経営した。公職追放とその解除後、53年の衆院選に旧広島1区で自由党から出て当選。しかし、55、58年と続けて落選した後、立候補していない。

 通産省(現経済産業省)官僚で中小企業庁長官などを歴任した文武氏は79年、旧広島1区に自民党新人で立って初当選し、連続5期務めた。派閥「宏池会」(現岸田派)に所属し、党経理局長などを担ったが、病に倒れた。

 文武氏の妹の玲子さんが衆院議員だった宮沢裕氏の次男の弘氏と結婚し、岸田、宮沢家の縁を結んだ。弘氏と玲子さんの長男は県選出の自民党参院議員の洋一氏で、大蔵省(現財務省)官僚から喜一氏の秘書を経て政界入り。岸田派に所属し、2014年に経済産業相で初入閣した。政策通として知られており、いとこの政権運営を支えることになりそうだ。

 文雄氏が「政治の師」と仰ぐのが喜一氏だ。宏池会を率い、91年に首相へ就任した。当時は金権スキャンダルが相次いで政治不信が高まり、政治改革が最大の課題だった。実現に向けた混乱の中、93年に衆院で内閣不信任決議案を可決されて衆院を解散。自民党は過半数を割り、下野した。

 喜一氏は権力に懐疑的でできるだけ使わない方がいいという考えだった。「リーダーには『徳』がないと国民は従わない。その徳とは、みんながベストを尽くせるような状況をつくり出すために権力を使う、ということに思える」と中国新聞のインタビューに言い残している。「宏池会のプリンス」から首相へ駆け上がった文雄氏は、これをどう受け継ぐのだろうか。(岡田浩平)

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