地域ニュース

二つの国 異郷の地で過酷な半生【戦後76年 高田開拓団の記憶】<上>

2021/10/16 20:59
書き写した歌集を手に、長女の栄子さん(右)と日本の歌を歌う玲子さん

書き写した歌集を手に、長女の栄子さん(右)と日本の歌を歌う玲子さん

 現在の安芸高田市から満州(現中国東北部)に渡った高田開拓団は1945年8月15日の終戦後、集団自決や家族離散といった過酷な運命を強いられた。誤った国策に巻き込まれた人々が長く直面した苦境。戦後76年。薄れていく記憶を次世代に引き継ぐ営みを追った。

<下>ともに生きる 帰国者支援、思いを継ぐ

 花摘む野辺に 陽(ひ)は落ちて みんなで肩を くみながら 歌をうたった 帰り道

 戦前からの流行歌手霧島昇が40年に発表したヒット曲「誰か故郷を思わざる」の一節だ。「私、この歌、大好き」。高田開拓団の数少ない生存者、宮部玲子さん(87)=広島市西区=は、歌詞を書き写したノートを見せてくれた。筆圧の強い文字が、けい線に沿って丁寧に並ぶ。「日本語はカラオケで覚えたよ」

 ▽孤児として40年
(ここまで 338文字/記事全文 1393文字)

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