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平和公園の設計コンペ募集要項発見 被爆4年後に広島市実施、原爆ドーム保存方針記述

2021/10/16 23:14

広島市が1949年に実施した平和記念公園の設計コンペの募集要項。表紙に原爆ドームが大きく描かれている(佐藤禎子さん提供)

 広島市が被爆4年後の1949年に実施した平和記念公園(中区)の設計コンペの募集要項が見つかった。建築家の故丹下健三氏のグループによる原爆ドームをシンボルにした設計案が選ばれ、同公園が世界に知られる平和発信の拠点となった原点を刻む。専門家は市の当初の整備方針を浮き彫りにする一級の資料としている。

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 同公園は、元安川と本川に挟まれた三角州と対岸にある原爆ドーム周辺の計約12万平方メートル。コンペでは市が復興の柱として49年に設計案を募り、応募があった145点から丹下氏のグループの案が1等に入選。現在の原爆資料館本館から原爆慰霊碑、ドームを結ぶ南北軸を中心とした公園が54年までに整備された。

 見つかった募集要項は、表紙に原爆ドームの絵を掲載。募集の趣旨として「広島市は世界平和記念都市として再建する」と明記し、それに「最もふさはしい」公園の整備を掲げている。「世界平和運動の各種国際会議」や「原子爆弾災害の一切の資料を蒐集(しゅうしゅう)」などの機能を持つ「平和記念館」の設計も求める。

 また、元安川と本川に挟まれた旧中島地区と「元産業奨励館」(原爆ドーム)と周辺が予定地であることを図示。「元産業奨励館の残骸があるが、これは適当修理の上存置する予定である」とも記している。

▽「元産業奨励館、之を爆撃の記念ニ残す」
(ここまで 622文字/記事全文 1251文字)

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  • 現在の平和記念公園。中央の横長の原爆資料館本館から奥に向かって原爆慰霊碑、原爆ドームが南北に並ぶ
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