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二葉あき子さんゆかりの被爆ピアノ、矢川さんの資料館に寄贈へ 所有の同級生遺族から、進学上京前に練習で使用

2021/11/13 23:00
被爆ピアノの前で寄贈への思いを語る中西さん。自身もあの日の記憶は鮮明だ(撮影・大川万優)

被爆ピアノの前で寄贈への思いを語る中西さん。自身もあの日の記憶は鮮明だ(撮影・大川万優)

 広島市東区出身の歌手で被爆者の二葉あき子さん(本名加藤芳江、2011年に96歳で死去)ゆかりのピアノが、近く「被爆ピアノ資料館」(安佐南区)に展示される。所有者の遺族が「原爆を乗り越えた歴史を子どもたちにつないでほしい」と寄贈を決めた。

【被爆ピアノ資料館とは】

 県立広島高等女学校(県女、現皆実高)で二葉さんと同級生だった中邑(なかむら)泰子さん(10年に95歳で死去)が大切にしていた米国製のアップライトピアノだ。爆心地から約1・8キロの西観音町(西区)にあった自宅で被爆した。

 米カリフォルニア州へ移民した叔父から、1927年ごろ、県女の入学祝いとして贈られたという。当時ピアノがある家庭は珍しく、東京音楽学校(現東京芸術大)を目指していた二葉さんがたびたび訪れ、練習に励んだ。中邑さんの長女の中西祥子さん(80)=安佐北区=は「二葉あき子は私のピアノで芸大に入ったのよ、と母はよく言っていた」と振り返る。
(ここまで 406文字/記事全文 956文字)

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  • 1960年ごろ、県女の同窓会に出席した二葉さん(手前)。奥右が中邑さん(中西祥子さん提供)
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