マツダ100年 車づくりと地域

【マツダ100年 車づくりと地域】第3部 激動の経営<7>自主独立 効率化と独自技術、実結ぶ

第3部 激動の経営2020/2/10 22:25
新体制の発表会見で握手する井巻会長(左)と山内社長(右)。中央はフォード出身者で唯一、取締役に残ったフィリップ・スペンダー副社長(2008年11月18日)

新体制の発表会見で握手する井巻会長(左)と山内社長(右)。中央はフォード出身者で唯一、取締役に残ったフィリップ・スペンダー副社長(2008年11月18日)

 「フォードが帰る。誰かがやらないといけない」。2008年11月、マツダ取締役だった尾崎清さん(72)は井巻久一会長兼社長(77)から切り出された。最高財務責任者(CFO)就任の打診だった。

 米フォード・モーターが経営権を手放す―。その見通しは10月に報じられていた。フォードの経営不振が背景にあった。7年ぶりの日本人トップとして03年に井巻氏が社長に就いた後も、再建の要となるCFOはフォード出身者だった。突然の話に尾崎さんが「もう60歳なので」と断ろうとすると、年上の井巻氏から「私らも頑張るんだから」と頼み込まれた。

 ▽「いいことない」
(ここまで 271文字/記事全文 2082文字)

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  • 「フォードがグループ会社を手放す順番はマツダが最後になった。マツダは技術面で必要な存在だった」と語る尾崎さん
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