マツダ100年 車づくりと地域

【マツダ100年 車づくりと地域】第4部 エンジンを極める<1>RE誕生 炭素素材で「爪痕」克服

第4部 エンジンを極める2020/3/23 22:50
広島市佐伯区の自宅で「なぜ傷ができるのか。眠れない日々を送った」と振り返る古元さん

広島市佐伯区の自宅で「なぜ傷ができるのか。眠れない日々を送った」と振り返る古元さん

 東洋工業(現マツダ)がドイツから持ち帰った「夢のエンジン」は使い物にならなかった。200時間回すと止まった。その後、マツダを象徴する技術となるロータリーエンジン(RE)。基礎技術を持つドイツのNSU社は提携交渉で重大な欠陥を伏せていた。

 「悪魔の爪痕」。エンジン内で三角のおむすび形ローターが回る時、気密性を高めるアペックスシールが内壁に付けるギザギザの傷だ。克服せずに実用化はあり得なかった。数センチの短冊状のシールをゼロから考え直す作業が始まった。

 ▽「四十七士」結集

 「誰も頼れない。つらい日々だった」と古元隆生さん(93)は振り返る。1963年4月に発足したRE研究部。山本健一部長(後の社長、故人)が集めた若手47人、通称「四十七士」の1人だ。山本部長からは「寝ても覚めてもREのことを考えてほしい」とげきが飛ぶ。入社から10年「縁の下の力持ち」の素材研究一筋だった古元さんは、社運が懸かった研究部に「なぜ自分が」と思った。そして「少しでも経験を役立てたい」と前を向いた。

 暗闇を進むような苦闘だった。研究の機材すらない。古元さんはシールの接触面を再現する装置造りから始めた。摩耗の専門家を東京や大阪に訪ねたが、未知の領域である現実を知っただけ。毎週月曜の会議で報告できる成果は次第に減り、焦りが募った。

 当時は国が自動車メーカーの統廃合を構想し、東洋工業は独立を保つため存在感を示す必要があった。63年10月の全日本自動車ショーに、実用化のめどが立っていないREを積んだコスモスポーツを持ち込んだ。前のめりになっていた。

 古元さんはその頃、悪魔の爪痕の原因がシールの微振動と突き止める。シール内に穴を開ける工夫で「寿命」は400時間に延びた。NSU社も認める発見だ。だが喜ぶ間もない。より大きな壁にぶち当たっていたからだ。素材だ。

 400時間では商品にならない。鋳鉄や炭素鋼、銅合金…。あらゆる金属を試した。軟らかいとシールがもろくなり、硬いと傷が付く。夢に見た牛の骨も試した。頭の中は常にシール。道端の板きれがシールに見えた。結果が出ず「自分の仕事に意味があるのか」と悩んだ。だが、積み重ねた失敗は収穫でもあった。金属では難しいのではないか―。古元さんが外堀を埋めた形で金属以外に解決策を求める流れが生まれた。

 ▽世界初の量産車

 候補に挙がったのがカーボン(炭素)だ。折れやすいためNSU社は断念したが、表面が滑らかで傷を付けにくいデータがあった。先端技術を持つ業界最大手の日本カーボン(東京)と連携。64年末、同社が提案したカーボン由来の新素材は672時間回しても傷が付かなかった。

 残る課題はシールの弱さ。仕事を引き継いだ宮田順さん(79)は原料が強度を左右するとみて改良に乗り出した。不純物が少ない石炭を大阪の薬問屋で見つけて試した。作業着は毎日真っ黒に。宮田さんは「車会社が全く知らない素材。必死だった」と思い出す。

 ようやく編み出したのがアルミニウム合金との複合材だ。開発期限の直前で、目安の千時間、10万キロの走行に耐えるめどがついた。世界初の量産RE車コスモスポーツは67年5月に発売された。「何とかしたい一心。それはうれしかった」と古元さんは目を細める。だが2人の胸の内をより大きく占めていたのは「まだ完全ではない」との思いだった。歴史的な偉業も、当時の開発現場には一つの通過点にすぎなかった。(井上龍太郎)

 <クリック>NSU社との技術提携 ロータリーエンジン(RE)の原理はドイツの故バンケル博士が発明。NSU社は1959年に開発に成功したと発表した。特許を持つ同社には100を超える世界の自動車メーカーが技術提携を申し入れた。東洋工業は61年に技術提携を結んだ。

 <クリック>RE研究部 63年4月に設立。設計、調査、試験、材料研究の4課があった。「悪魔の爪痕」の克服策は、アペックスシールの材質、潤滑方式、内壁の表面処理の3点。最も手を焼いたのがシールだった。

    ◇

 マツダはエンジン開発に執念を燃やしてきた。REで強烈な個性を備え、近年はガソリンとディーゼルの両エンジンで性能を極限まで高めようと力を注ぐ。新旧の技術者の証言から内燃機関を追究する歩みに迫る。

エンジンを極める<1>RE誕生 炭素素材で「爪痕」克服

エンジンを究める<2>ルマン優勝 総力の開発で日本勢初

エンジンを究める<3>REへの執念 壁を破った4ドア「8」

エンジンを究める<4>スカイアクティブ 高圧縮比、逆風下で実現

エンジンを究める<5>ディーゼル革新 国内の負イメージ覆す

エンジンを究める<番外編>もう一つのRE物語 欧州から支えた技術者

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  • 「悪魔の爪痕」に悩まされたRE研究部。棚には実験を終えたエンジン部品が並んだ(1960年代半ば)
  • 宮田順さん

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