マツダ100年 車づくりと地域

【マツダ100年 車づくりと地域】エンジンを究める<番外編>もう一つのRE物語 欧州から支えた技術者

第4部 エンジンを極める2020/4/4 5:00
お披露目した東京での自動車ショーから自走して東洋工業の本社に戻ったコスモスポーツの試作車。晴れ舞台の裏側で、技術者はエンジンの課題解決に奮闘していた=1963年(中尾さん提供)

お披露目した東京での自動車ショーから自走して東洋工業の本社に戻ったコスモスポーツの試作車。晴れ舞台の裏側で、技術者はエンジンの課題解決に奮闘していた=1963年(中尾さん提供)

 世界で唯一、マツダ(旧東洋工業)が量産車に搭載したロータリーエンジン(RE)。開発が始まった1960年代前半、若き技術者だった中田重文さん(85)=広島市東区=は、REの特許を持つ西ドイツの自動車メーカーNSUに派遣された。東洋工業の技術力が世界を驚かせ、開発競争のトップに立つまでの苦闘を、遠く欧州から後押ししたもう一つの物語があった。
(ここまで 170文字/記事全文 1811文字)

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  • 「NSUもREに懸けていた。互いに競争意識があった」。開発当時を語る中田さん
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