マツダ100年 車づくりと地域

【マツダ100年 車づくりと地域】第5部 地元と共に<5>お膝元 飲み屋街、苦楽の映し鏡

第5部 地元と共に2020/7/20 22:24
来店したマツダ社員を出迎える川中さん(右)。若い常連客も増えている(撮影・河合佑樹)

来店したマツダ社員を出迎える川中さん(右)。若い常連客も増えている(撮影・河合佑樹)

 ▽支え合う関係、今もなお

 給料日の夜、入りきらないほどのマツダ社員が飲みに訪れた。店で給料袋を破いて支払う人も珍しくなかった。1970年代初め、広島県府中町のマツダ本社から、当時の国鉄向洋(むかいなだ)駅に向かう一帯の光景だ。高度成長期に会社が大きくなるにつれ、飲食店が増えた。

 駅近くの焼き肉店「みっちゃん」の店主松山道子さん(80)は懐かしむ。仕事の話で熱くなり、言い合いになる人もいた。「みんなわいわい騒いだ。元気な時代だったよね」

 しかし73年の石油危機で会社の業績は急落する。延べ1万人以上の社員が全国の販売会社に出向し、本社かいわいの人出は減った。やがて販売が回復するとにぎわいも戻った。この街はマツダと共に生きてきた。

 OBの店もある。川中賢治さん(74)が2002年から営む「九ちゃん」だ。客も社員が多い。かつての同僚が後輩を誘い、常連の輪が広がる。ラーメンは450円。大判焼きは80円。「若い人に気軽に来てもらうには安くておいしいのが一番」と笑う。夜のつまみのメニューは社員の声をもとに品数を増やしてきた。

 ▽のれん守るOB

 64年入社の川中さんは開発車を原寸大の模型にするのが仕事だった。かんな、のみで石こうを削る作業は0・1ミリ単位の精度が求められた。石油危機後は岡山市の販売店へ出向した経験もある。01年の大規模な早期退職で会社を去った時、なじみの店の経営者が別に店を出すことになり、後を頼まれた。「職場を離れて同僚と盛り上がり、疲れを癒やす飲み屋街は欠かせない」。そんな思いで引き継ぎ、のれんを守ってきた。

 マツダの力は社内だけで育まれてきたわけではない。こうしたお膝元の店も一端を担ってきた。元社長の井巻久一氏(77)は2000年代半ばの在任中、地方で地道に努力を積み重ねる気概を表して「向洋魂を忘れるな」と社内を鼓舞していた。国内自動車メーカーのほとんどが三大都市圏に本社を置く中、工場を含めてこの地に根を張り続けてきたマツダならではの思いを象徴する言葉だろう。

 前身の東洋工業が31年に本社を構えて間もなく90年。バブル景気やリーマン・ショック、東日本大震災…。会社の浮沈は広島の街の盛衰も左右してきた。

 ▽接待でにぎわい

 中四国地方最大の繁華街、流川・薬研堀地区(広島市中区)もそうだ。高級クラブ「ポエム」を運営していた高田泰典さん(71)は80年代後半を振り返る。「マツダも下請けの企業も接待で使ってくれた。にぎわいが続くと思っていた」。しかしバブルは崩壊。マツダが米フォード・モーター傘下に入ると客は激減した。マツダの影響を実感したという。

 向洋駅一帯は今、居酒屋やラーメン店など約20店が並ぶ。近年、区画整理で多くの店がなくなった。今年は新たな逆境にも襲われた。新型コロナウイルスだ。

 多くの店が4月後半から5月上旬にかけて営業を自粛。マツダも生産調整や社員の在宅勤務を余儀なくされた。営業再開後も「誰も来ない日が続いた」と焼き肉店の松山さん。社員の多くが仕事を終えると真っすぐ帰路に就く。店主の誰もが「これまで経験がない事態」と頭を抱える。

 それでも、マツダ社員と地域のつながりは消えていない。九ちゃんの常連客、江島宏和さん(43)は「こんな時だからこそ街を盛り上げられないか」と考え、店に顔を出す。通ううちに、なじみの住民が増えた。マツダも社員も地域の一員。そう実感できる場所を守りたいと思っている。

 「いつでも順風満帆といかないのがマツダ。今回も何とか乗り越えてほしい」と川中さん。マツダが地元に活気をもたらし、地域は社員の奮闘を支える。100年の歴史が育んだこの関係は脈々と息づいている。(村上和生) 

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  • マツダ本社からJR向洋駅(奥)に続く道の両側に飲食店が並ぶ。仕事を終えた社員たちが家路を急ぐ(撮影・河合佑樹)

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