リポーター発

アメリカ

平和を願う千羽鶴 アリゾナ記念館に

2013/9/25

 世界平和を願って、ヒロシマで病床の佐々木禎子さんが小さな手で折った千羽鶴の一羽が9月21日の「世界平和の日」に、パール・ハーバーのアリゾナ記念館に永久保存され納められることになった。
 記念館前の芝生には、大きいテントが張られ、300脚ほどの椅子が置かれていたが、式典開始の午前9時には満席となり、更に後ろには立ち見の人たちが人垣をつくった。
 ただ不思議なのは、問題の折り鶴一羽が、どこにも見当たらないことである。式次第は着々と進み、佐々木家を代表して禎子さんの兄雅弘氏が禎子プロジェクトを後援してくれた多くの団体や個人に熱い感謝の念を表明をした。

式典の会場

式典の会場

 アリゾナ奇跡の生還者で92歳のローレン・ブルナー氏も米国側を代表してあいさつし、幼い禎子さんの平和への願いを自分は共有すると、心からのメッセージを述べた。
 この日、来賓には重枝日本国総領事、ジョージ有吉元州知事、同夫人、ハワイ広島姉妹州ウエイン宮尾委員長、日本文化センターからキャロル林野会長、米国公園局代表、等多数が参列した。
 第一式が終わり、来賓は記念館へ導かれ、献花したのち、記念館の中で「一羽の折り鶴」と対面した。

来賓の方々

来賓の方々

 それは人の腰の高さくらいにしつらえた、小さい箱状のものに、直径4センチくらいの丸い窓がついている。その窓をのぞくと、それが拡大鏡になっていて、中に小さい折り鶴が見えるのである。
 ちなみに、その大きさは、翼端から翼端までが2センチ3ミリ、一番太いところで1センチ、体長1センチ4ミリである。禎子さんは、2歳のとき被爆し、11歳になって広島赤十字病院で白血病と診断され、入院中に、患者が千羽折り鶴を作れば、病気が治るという言い伝えを聞いて、鶴を折りだした。1955年10月25日に死去するまでに、1300余羽を折った。
 そのうち、1000羽は禎子さんと一緒に埋葬され、140羽は広島平和記念博物館に寄贈し、残りを同級生に贈られたという。 6羽だけは別にとっておいて、世界中の意義あるところに贈られているという。
 その中の一羽は平和への願いを込めニューヨークの911グラウンド・ゼロ跡地、トリビュートWTCビジターセンターに展示されている。

佐々木雅弘氏のスピーチ

佐々木雅弘氏のスピーチ

佐々木雅弘氏のスピーチ

佐々木雅弘氏のスピーチ

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