リポーター発

トルコ

教会でパン 安らぎの味

2014/7/7
教会を訪れた人にパンを手渡す男の子

教会を訪れた人にパンを手渡す男の子

 人口の99%がイスラム教徒とされるトルコで、キリスト教徒が多く住む東部マルディン県のミディヤットを訪れた。彼らはスリヤーニと呼ばれ、キリストの誕生以前から住み続けているという。しかし、これまで多くの統治下に置かれたため、大多数は世界中に散らばった。現在、数百人しか残っていないという。
 チェックインしたホテルの部屋から、丘の上に立つ三つの教会が見えた。お祈りの時間になると、鐘の音も聞こえる。トルコにはイスラム教徒が通う寺院(モスク)があちこちにあるが、教会を見掛けるのは珍しい。
 日曜の朝、お祈りがあると聞いて教会を訪れた。多くの男女がリズムに合わせて何かを唱えている。時にはハモっているようにも聞こえる。人が守るべき規律や道徳などを、曲に合わせて唱えているらしい。
 お祈りが終わると、1人ずつ壇上に上がり聖書にキスをして教会を後にする。出口では小さなパンを載せた皿を持った男の子が立っていて、参加者がパンのかけらをつまんで口に入れている。
 このパンを作るのは神父で、「十字」の模様を12個かたどった木型を生地に当ててから焼き上げる。これはキリストの12人の使徒にちなんだもの。宗教上重要な数字が、食べ物に反映され、生活に密着しているのだ。
 お祈りは神と近づく時間。神にささげた食べ物はその後で口にする。わずかなやりとりだが、人はその瞬間、神の存在を感じることで安心して生きているのかもしれない。
 私の古里でも、神社の祭りで、米や餅、お神酒をもらうことがある。尊敬や感謝をしながら食べ物を口にすることで、心を落ち着かせたり、自分を戒めたりする。場所は違うが似た行為だと感じた。
 ミディヤットには歴史上、多くの人種や民族が入り込んだ。スリヤーニは、少数派となった今も誇りを持って住み続けている。血縁を重視するため、他の地域へ女性を嫁がせず、受け入れもしないという。
 お年寄りからそんな話を聞いている途中、子どもたちが教会の外で無邪気に遊んでいるのが見えた。わずかな時間だったが、スリヤーニが団結して生きていることを強く感じるひとときだった。(岡崎伸也=コンヤ在住)

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