リポーター発

トルコ

トルコ 移住の地で独自の文化育む

2015/4/8

 トルコ内陸部のコンヤ県にトルコ系のタタール人という民族が多く住んでいる。彼らはモンゴル人や日本人の顔つきによく似た、細い目の容姿だ。彼らが住む県内北部のボールデリック村を訪れ、村長のチェティンさんの家に数日滞在させてもらった。
 早速、妻のネリナンさんがおもてなしにと、昼食にベレミチを作ってくれた。未発酵の小麦の生地を薄く延ばした後で、丸く切り抜き、その真ん中に挽き肉の具をのせる。外側の余った生地を中心に折り込み、花弁のようにひだを作る。軽快に生地を操る様と、独特の作り方に目が釘付けとなった。
 そして、フライパンで両面をこんがり揚げる。真ん中の部分が開いており、肉も早く火が通り、生地もさっくりと揚がる。「私たちの食文化は肉とハムル(小麦粉を練った生地)を使った料理が多いし、ハムルなしで食事は満たされないのよ」と彼女は語った。
 ちゃぶ台で昼食を頂きながら、チェティンさんから移民の歴史を聞かせてもらった。ロシア・シベリア地方のオムスクに住んでいた彼らは、1908年帝国ロシアの政治との兼ね合いもあり、移住を決意。タタール人のアブドゥルレシッド・イブラヒム氏がイスラム国のオスマン帝国との間を取り持ち、この地に集団移住したのだという。
 後で丘に上がって見ると、その地ははるかシベリアを想像させ、地平線が見える程の平らで広い大地だった。区画された村には二、三百軒くらいの家が並んで集まっている。広大な大地を持つこの場所に移り住むことができ、今まで暮らせたのは、まさにアブドゥルレシッド氏のおかげだという。
 彼はその後日本に定住し、イスラム教徒のタタール人をまとめ、東京ジャーミー(イスラム寺院)の建設にも関わり、僧侶にもなった。日本とこの村は彼でつながっているという話を聞いて、感慨深かった。
 その後、オムスクのタタールの人たちは、100年以上この地に住み、独自の食文化や伝統をそのまま継承させてきたそうだ。歴史の重さや祖国を離れた地で文化を紡ぐ思いを、この滞在の中で感じることができた。(岡崎伸也=コンヤ在住)

ベレミチを慣れた手つきで作るネリナンさん 

ベレミチを慣れた手つきで作るネリナンさん 

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