リポーター発

アメリカ

【米国】 思いやりに国境はない

2020/2/17
「マーティン・ルーサー・キングの日」に向けてプロジェクトを進める学生たち

「マーティン・ルーサー・キングの日」に向けてプロジェクトを進める学生たち

 小学生のとき、日本で過ごした私は、他人に迷惑を掛けないよう心掛けることをしつけられた。だが、米国に来て半年、私は「迷惑を掛ける」ことで人間関係を築いている。
 「迷惑を掛ける」ことは、デトロイトに引っ越した初日から始まった。スーツケースを持って階段を上がる私を見て、通り掛かった男性が手伝ってくれた。
 家を片付けていると、ドアをノックする音。荷物運びを手伝ってくれた男性だった。「新しく引っ越して来たの? 僕はロン。僕たち一家はこの1階に住んでいるよ。妻がパンケーキを作ったから疲れたら食べに来てね」と誘ってくれた。
 私にとって、荷物を運ぶ手助けをしてもらった上にパンケーキまでごちそうになるなんて、とんだ迷惑だ。しかしロンさんは「迷惑だなんて考えないで、誰も他人の手助けを必要とする時がある。きょうは君だが、あしたは僕になるかもしれないよ」と言った。誰も人に頼らずには生きていけない、必要なときは人に頼り、そしてその分また他の人を支えていけばよい、というわけだ。
 次第に、私は「迷惑を掛ける」側だけでなく、喜んで「迷惑を掛けられる」側にもなっていった。旅行先で「写真を撮ってくれますか」と頼まれただけで会話につながり、周辺のおいしい料理店から、行って後悔した観光地まで話が広がる。授業で難しいプロジェクトが出たときは「今度の課題を一緒に考えてみないか」と誘ってくれるクラスメートがいて、互いにアドバイスを出し合った。
 誰も「迷惑を掛ける」ことに負担を感じることはない。みんなストレートに手助けを求め、そして熱情的に他人に助けの手を差し伸べる。米国での留学生活は「人とともに生きる」ことを改めて実感させてくれる。
 米国の文化では、ゴールデンルールとして「他人から自分にしてもらいたいことを、人に対してせよ」という考えがある。人を困らせるような迷惑はいけないが、手助けを求めるくらいの迷惑は許される。
 一方、日本では、「自分が人にされたくないことは人にしない」という孔子の教えがある。日本人はいつも相手の身になって物事を考え、「迷惑を掛けない」という心遣いで互いのスペースを大事にしながら人間関係を築いている。文化や行動には大きな違いがあるが、他人を思いやる気持ちに国境はない。(董博文=デトロイト在住)

大学近くを流れるデトロイト川

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