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【八天堂(三原市)森光孝雅社長】甘いパン 付加価値を追求

2020/3/30
森光社長(左端)にインタビューする右から垰野さん、竹原さん、高瀬さん、斉藤さん

森光社長(左端)にインタビューする右から垰野さん、竹原さん、高瀬さん、斉藤さん

 冷やして食べる「くりーむパン」が大ヒットし、国内外で店舗展開する八天堂(三原市)。1品に集中したことで大きく飛躍した森光孝雅社長(56)に、事業への思いや今後の展望を聞いた。
(聞き手は、県立広島大大学院・高瀬裕佳、広島女学院大・斉藤渉夏子(わかこ)、県立広島大・竹原志(こころ)、安田女子大・垰野さくら)

 ―「くりーむパン」は、どのようにして誕生したのですか。
 13年前、経営の危機だった。世の中にないパンを作りたいと思った。ただ、奇をてらうのではなく、「スタンダードなもの」を二つ組み合わせることで、それは生まれた。一つ目は、定番のパンであること。あんパンやジャムパン、メロンパンなどさまざまな種類を作っていたが、店で人気だったクリームパンに絞った。もう一つは、口溶けの良さを追求すること。カスタードクリームに生クリームを混ぜたり、生地に薄力粉を使ったり、試行錯誤の連続だった。ふわふわの生地、とろけるクリーム。1年半かかって、スイーツのようなパンができた。
 パンだが手頃なスイーツとして手土産にもできる、と人気が出た。今も7割が手土産用の需要。大消費地の東京で販売したのも良かった。1日平均3万個、年末年始などは6万個売れている。

 ―海外進出のきっかけは。
 日本は今後、人口減少が加速する。東南アジアは人口が増え、人口構造も若い。「ほそぼそとでもいいから絶対に撤退しない」という中長期的な視点で展開している。

 ―海外進出で苦労したことはありますか。
 例えば甘さに関する感覚の違い。日本は白糖だが、東南アジアでは黒糖を使う。同じ糖度でも黒糖は甘さにうま味が加わり、現地の人の好みになると分かった。日本の商品と味が少し変わるが、現地で受け入れられることが大切だと考え、黒糖を使っている。

 ―困難に直面したことはありますか。
 困難の連続だった。17年前には会社をつぶしかけた。
 三原に戻ってきたのは30年前。焼きたてパンの店を10年間で県内13店に広げた。しかし、経営者として未熟だった私は、人を育てなかった。社員は休みも取れず次々と辞め、多店舗運営は行き詰まった。
 そんなとき、宇都宮市でパン店を営む弟が「2千万円あるから使ってくれ」と連絡をくれた。こつこつためた財産だっただろうに。周りの人に支えられていることに、やっと気付いた。先代である父親さえも見下していた。両親の足元で泣き崩れた。涙が枯れるまで泣き続けた。
 家族や社員、そして多くの人のために生きることを誓った。すると視野が自然に広がった。「地域にこだわったパンがない」という声を聞き、地元食材や天然酵母を使った品をスーパーに卸し始めた。これが軌道に乗って3年後に黒字化した。しかし、他社も参入して再び危機に。菓子「ひとつぶのマスカット」が東京でも大ヒットしていた共楽堂(三原市)の幼なじみに相談した。1点集中で打破しようと「くりーむパン」の開発につなげた。

 ―今後の事業展開は。
 三原市本郷町の本店・工場に隣接した場所に10月、農業と福祉を一体化させた「食のテーマパーク」をオープンする。地元の果物を使ったスイーツバーガーを販売するなど農産物の付加価値を高め、障害者の就労支援もする。タイ・バンコクでの出店など海外の展開も進めたい。

 ▽もりみつ・たかまさ 千葉商科大商学部を3年で中退し、有名パン店での修業を経て1990年に八天堂入社。2006年から現職。19年11月から三原商工会議所会頭。三原市出身。

 ▽はってんどう 本社は三原市宮浦。1933年に同市港町に和菓子店「森光八天堂」を創業。75年に洋和菓子店「ラ・セーヌ八天堂」に改名。91年に同市宮浦にパン店「たかちゃんのぱん屋」開店。2004年、本社を現在地に移転。09年に東京進出。工場は、広島みはら臨空工場(三原市)と木更津工場(千葉県木更津市)。資本金1千万円。19年5月期の売上高は21億円。正社員数約100人。

【インタビューを終えて】
県立広島大大学院1年・高瀬裕佳(23)
 「勝海舟のように、多くの困難に直面しても『もっとこい』という心構えでいたい」。森光社長の言葉がとても印象に残っている。私も、まずは多くのことに挑戦し、失敗を重ね、そこから得たものを、人のため、未来のために役立てていきたい。

広島女学院大2年・斉藤渉夏子(20)
 大消費地の東京で勝負しつつ、三原市の活性化も考える森光社長。海外に出ると視野が広がり、物事のアイデアや感性を磨くことにつながったという。努力は成長につながるという言葉を信じ、人生を無駄にしないためにも、私もいろいろなことに挑戦したい。

県立広島大2年・竹原志(20)
 森光社長の「若いうちに小さい失敗や困難は経験するべきだ」の言葉は、自身が経営難などの逆境を乗り越えたからこそだと思う。私も失敗を恐れず挑戦し続けたい。店頭では、多くの親子が楽しそうにパンを作っていた。体験型メニューの需要の高さを感じた。

安田女子大1年・垰野さくら(19)
 食の好みを国ごとに調べるなど「誰かを喜ばせたい」と取り組む気持ちが伝わってきた。また、将来を俯瞰(ふかん)し、常に新しいことに挑戦し続ける姿勢こそが八天堂が成長している秘訣(ひけつ)ではないだろうか。私も現状に満足せず、将来を見据えた行動をしたい。

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