リポーター発

イギリス

【英国】 都市封鎖 国営医療守る

2020/4/20
NHS関係者を対象に50%を割り引くクリーニング店

NHS関係者を対象に50%を割り引くクリーニング店

 毎週木曜午後8時、ロンドンの自宅の窓を開けると、ひんやりとした夜風に乗ってパラパラと遠慮がちな拍手が聞こえ始める。次第に拍手の波は大きくなり、やがて鍋をたたく音や歓声、口笛が加わりながらゆっくりと最高潮に達する。
 新型コロナウイルスの感染拡大による事実上のロックダウン(都市封鎖)生活下で始まった「クラップ・フォー・ケアラーズ」と呼ばれるこの運動は、国営医療制度(NHS)の医師や看護師のほか、スーパーの従業員、清掃員など人命と社会機能を守るために前線で働く人たちに感謝と敬意を表するもの。既に4回を数えるが、毎度惜しみない感謝の意が表され、直接会えない隣人たちとのつながりを確かめるひとときでもある。
 この国で今「NHS」という響きが発揮する威力は格別だ。政府が感染状況や対策を発表する日々の記者会見の演台には「自宅待機せよ→NHSを守ろう→命を救おう」という看板が掲げられている。そして、会見中に何度となく「NHS崩壊の危機を回避するため」自宅にとどまれと念押しされる。処方箋や歯科治療などを除き、国民負担のないNHS。英国生まれの友人たちは「イギリスの宝だ」「心底誇りに思う」と口をそろえる。だからこそ政府が繰り返すこのスローガンは効果てきめんなのだ。
 毎日のニュースでは、治療現場の最前線で不幸にも感染して犠牲になった医療関係者を写真付きで追悼する。ある日の会見では制服姿の看護師長が登場し、亡くなった30代の看護師2人に弔意を表した後「彼女たちを忘れないでください。彼女たちのため、家にとどまってください」と訴えた。この時季、太陽が少しでも顔を出すと水着姿で芝生に寝転がるほど日光浴好きな人たちも、ここはぐっと耐えざるを得ない。
 この夏80歳になる知り合いの女性は、自宅から徒歩3分のスーパー以外には1カ月以上出掛けていない。料理上手で手料理を振る舞うのが何より好きで、新鮮な食材を求めてマーケットを巡るのが日課だった。英政府は彼女のような高齢者や持病のある人には、ロックダウン前から外出自粛を要請し、また彼らを訪問しないよう呼び掛けた。
 今は近くに住む知人がマーケットで鶏肉や果物などを手に入れて届けてくれるそうだが、玄関先に買い物袋を置くと、2メートル以上離れた所から手を振るだけで、別れの「ハグ」もできないと寂しそうだ。知り合いに出会えば握手をし、親しい友人や家族とはハグをし、ほっぺにキスするこの国の人たちにとって「ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)」は日本人の私が感じる以上の犠牲を強いているのかもしれない。
 鬱屈(うっくつ)したムードの中でも気晴らしはある。その一つが国立劇場の配信だ。毎週木曜午後7時から動画投稿サイト「ユーチューブ」で過去にヒットした舞台を無料配信する。友人と「今の衣装はいけてない」「あのウエーター役の演技は最高」などとショートメッセージサービス(SMS)でコメントし合いながら見ていると、1人ではない感覚を味わえるから不思議だ。
 心温まる歌やユーモアあふれる画像のやりとりも盛んだ。激変した生活の中でも優しさと希望を失わずに乗り越えようというメッセージのようで、先行き不透明な今を生きる心の支えになっている。(畠中千鶴)

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