リポーター発

フィリピン

【フィリピン】貧富の差や差別問題 考察

2020/5/20
フィリピンのセブ島を訪れ、子どもたちと交流。貧富の差について考えた

フィリピンのセブ島を訪れ、子どもたちと交流。貧富の差について考えた

 初めてフィリピンのセブ島を訪れたのは大学1年の夏。大学の先生が主催するスタディーツアーに参加したのがきっかけだった。7日間の滞在中、ごみ山の隣にある村や墓地の中のスラムを訪れた。2畳ほどのスペースに家族7人で生活している少女、小さな電球が一つしかないため日が暮れると勉強ができない少年の話を聞いて、ショックを受けた。
 非政府組織(NGO)の支援で通学する子どもたちの中には、いじめが原因でドロップアウトする子も少なくないという現状を目の当たりにした。不自由ない日本での生活が当たり前だと思っていた私の価値観が大きく揺らいだ瞬間だった。
 しかし、その後に訪れたショッピングモールでは、貧しさのかけらもなく、先進国さながらの空間が広がっていた。ほんの数時間前に出会った少女たちには決して縁のないきらびやかなモールに、フィリピンの貧富の差を強く感じた。
 帰国後、フィリピンだけでなく他の東南アジア諸国における貧富の差や差別問題について調べた。同様に日本についても考え始めると止まらなくなった。なぜこれまで気付かなかったのだろうか。日本にある格差、ジェンダー、人権問題は、想像していたよりもはるかに深刻だった。学校でも家庭でもこれらの問題について考えたことはなかった。日本では、人は平等で安心して生活できる国だと心から信じていたのだ。今までなんて小さな世界で生きていたのだろう。外に出て初めて内が見えてきた。
 私から見た日本は、「グローバル社会の中で大きな傷を負って崖の上に立たされている」というイメージだった。ただ、その傷が何なのか、なぜ経済大国と言われながら、人の心がこんなに冷え切っているのか分からなかった。そこで外から日本を見るため、大学2年生の春に休学して「トビタテ!留学JAPAN」8期生として1年間留学した。
 再びセブ島を訪れ、サンホセ大でフィリピンの歴史・教育の授業を受講する傍ら、積極的に大学イベントや教会のミサに参加した。現地の大学生活では、政治や経済などさまざまな話題について意見を交換できる友人に出会えたことが最も大きな収穫だった。日本では大学生同士が宗教や政治を語る風景はほとんど見られず、ましてやセクシュアリティについて話すことはタブー視される向きもある。しかし、セブ島で出会った友人たちとは、これらの話題について何時間も納得がいくまで話し合った。さらに、互いの文化的嫌悪行為や行動規範に関して理解するまで語り合ったことで、私のフィリピン観、彼らの日本観が大きく変わった。
 国家間の問題は、こんなコミュニケーションが突破口になるのではないかと考えるようになった。相手を知ることは、自分自身を深く理解することにもつながっている。多様な視点で社会事象を俯瞰(ふかん)することが必要であり、多様性を尊重する社会はコミュニケーションによって形成される、という実感は私の基幹となっている。(山田紗季)

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