リポーター発

インドネシア

【インドネシア】外見重視の風潮に疑問

2020/8/17
移動図書館イベントで現地の子どもたちと交流する山田さん(2018年)

移動図書館イベントで現地の子どもたちと交流する山田さん(2018年)

 「ルッキズム」という言葉について知る人はどのくらいいるだろうか。この言葉自体を知らなくても、「ルッキズム」を経験したことがある人となれば、相当な数になるはずだ。
 ルッキズム(外見至上主義)とは、外見的な美醜を重視して人を評価する考え方で、容姿による差別や偏見を指す。私自身がこの言葉を知ったのは、インドネシアに留学した2018年だった。
 私はインドネシアのスマランで非政府組織(NGO)の広報部門インターンとして、ポスター作成やイベント運営、文化交流イベントの開催などに携わっていた。インドネシアでは白い肌への憧れを持つ人が多く、肌を白くするためにさまざまな努力を重ねる。
 ルームシェアをしていたNGOボランティアのベルギー人女性から、派遣先での出来事について聞いた話だ。移動中のバスの中で、妊娠中の現地女性が彼女の腕を何も言わず触ってきたというのだ。見知らぬ人からのそのような行為に驚き、恐怖で固まってしまったそうだ。後日、NGOのスタッフにこの件について相談すると、妊婦が肌の白い人に触れると生まれてくる赤ちゃんの肌が白くなるという迷信があるのだと教えてくれた。そこまで肌の色に捉われていることを知って、衝撃を受けた。自分の姿を肯定できないことに違和感以上に痛みを感じた。それからは、肌を白くするための注射を受ける人の話や、美白をうたう商品が数多く販売されていることが気になって仕方なかった。
 ルッキズムはインドネシアだけで起こっているのではない。国や地域によって多様なルッキズムがある。日本は、年齢や体重、体形、目や鼻の形などによって、その人をジャッジされることがまかり通るルッキズムの陣頭にいる国と言えるだろう。二重まぶたの作り方、やせるためのハウツー本は常にヒットするなど、日常的にルッキズムに接することから、私たちはこの言葉に無意識のうちに縛られている。
 私もルッキズムに縛られていた経験を思い出した。私の身長は170センチ。物心ついた時から、周囲から頭一つ飛び出ていることで、巨人、ノッポというあだ名を付けられていた。小学生の時はクラスメートと一緒に身体測定をすることが怖く、猫背の癖もついていた。
 幼い頃にたくさん持っていた自分を愛する気持ちは、誰かの意地悪な一言から疑問に変わり、何度も何度も自分を疑ううちになくなり、劣等感や自己嫌悪の気持ちが芽生える。現実の自分と空虚な理想とのギャップに苦しんでいる人も多い。
 そもそも、人の数だけ顔形、体形、好き嫌いがあるはずなのに、なぜ画一的な物差しで評価されなければならないだろうか。今の日本では、自分自身を再び愛せることができるようになるまでには時間がかかるかもしれない。身近な人とルッキズムについて話してみることが解決の一歩になるかもしれない。「あなたはとても美しいよ」と、インドネシアで悩んでいた人に大きな声で伝えたい。
 We all shine differently.(私たちはみんな違う形で輝いている)(山田紗季)

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