リポーター発

ベトナム

【ベトナム】日本語指導 人生の宝物

2020/9/26
ベトナム・カントー市の日本語センターでの授業風景。最後列で立っているのが藤井さん

ベトナム・カントー市の日本語センターでの授業風景。最後列で立っているのが藤井さん

 広島県内の高校で社会科教師として働いた後、ベトナムで日本語教師となった。ベトナムでの日本語指導はこの春で13年を重ねた。この間、日本とベトナムの関係の変化を、留学生たちを送り出す現地から見てきた。大学や専門学校への留学に加え、技能実習生が急増、最近ではエンジニアとしての来日も目立つようになった。
 私のベトナムでの日本語指導は2007年、ホーチミン市の日本語学校で始まった。翌08年には拠点を、ホーチミン市郊外のビエンフォア市に移し、4大学を掛け持ち指導した。この頃の日本語学習の希望者は、多くがベトナム国内にある日系企業への就職を目指し、日本語教育機関も少なかった。
 しかし13年を境に、日本語の学習目的が大きく変化した。中国や韓国からの日本入国者が減少し、日本の企業や学校はベトナムに目を向けてきた。ベトナムでは「実習生として日本に行きたい」「日本の日本語学校に入りたい」という若者が増えてきた。そしてベトナムでは短期間に簡単な日本語指導をして日本に送り出す、実習生の派遣機関や日本語学校が急増した。十分な日本語力がつかないまま日本に向かうケースも少なくなかったと思う。
 そうした状況の中、私は14年から4年間、ベトナム各地を転々としながら、日本語センター、日本語学校、エンジニア派遣センターなどで教師を務めた。大学を離れたのは、日本の日本語学校への留学などが主目的になり、ベトナム人に日本語学習の熱意が薄れてきたと感じたからだ。私は、難易度の高い日本語能力試験N2レベルまでの基礎教育に力を注いだ。
 私の日本語指導は、養成講座で学んだ直接法。英語などの媒介語を使わず、日本語だけで指導する。多くの生徒は最初、私の指導に戸惑っていたが、時間がたつにつれ、積極的に日本語で語り掛けてくるように。一緒に旅行や食事をしたり、生徒の実家を訪問したり。ベトナムの家庭内の生活様式や習慣や食生活・地域社会での人々のつながりなど生活や文化をたくさん学ぶことができた。
 新型コロナウイルスが広がる中、今年5月末に一時帰国した。帰国に際し、交流が続いている元学生たちが家族ともども集まり、小さなパーティーを開いてくれた。もちろん会話は日本語。その時、ここベトナムに私の居場所があると感じた。
 感染防止を目的とする外国人の入国禁止のため、当分の間はベトナムに戻ることができないことを覚悟しての帰国だったが、先日、帰国直前まで指導した学生からメールが届いた。「先生はベトナムが遠くなっていると書いていましたが、私たちは日本語を勉強すればするほど、先生との距離は近くなってきています」
 ベトナムでの日本語指導を通し人生の後半に大きな宝物を与えられたと思う。コロナ感染問題が解決したら、再びベトナムに戻れないか、と広島市内の自宅で考えている。(藤井宏)

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