HOT VOICE

  1. 報道部
    久保 友美恵 (2010年入社)
    生きづらさ抱えた誰かの力に

     「これ、おかしくない?」「こんなことで困っている人がいる」。日々届く声を出発点に取材しています。家庭内暴力や障害、性の多様性などさまざまな理由で、生きづらさを抱える人がどの街にもいます。

     一人一人のつらさを「自己責任」で切り捨てず、社会全体で課題を考える機会を作りたい。そんな思いで、人の話を聞き、勉強しています。緊張したり、取材が実らず落ち込んだりすることもありますが、記事が誰かの役に立った時、「頑張って良かったな」と元気が出ます。

     どう書けば、より多くの人の心に留めてもらえるのか。悩むこともありますが、一緒に考え、議論してくれる心強い先輩や後輩がいます。子育てしながら働くことにも笑顔で協力し、励ましてくれる仲間がいます。

     ふと入った街の喫茶店に中国新聞が置いてあったり、路面電車の中で朝刊のニュースについて話している人がいたり。自分たちの作る新聞が暮らしになじんでいると実感することも多いです。この面白さややりがいは、地方紙だけでしか味わえないと思います。

  2. 三次支局
    高橋 穂 (2016年入社)
    人々の背中を押す伴走者として

     中山間地域の三次市に配属されて2年が過ぎました。人口約5万2千人ののどかな地域での取材生活は、地元の人々が穏やかに積み重ねる「当たり前の日常」を丁寧に見つめる毎日です。「最近どんなですか」で始まる会話を深めながら、暮らしの営みの中できらりと光る、人々の思いや頑張りを伝える日々にやりがいを感じています。

     遊休農地に花を植えてにぎわいづくりに生かす農家や、田舎の家庭の味を守り続ける住民グループ、90年近く親子2代で山あいの集落の買い物を支えた商店主…。

     取り組みはそれぞれ違いますが、どの取材相手にも根付く原動力は「地域への愛着」です。過疎高齢化と向き合う一人一人がひた向きにつなぐ日常が、決して当たり前ではないと、取材を通して日々、気付かされています。

     山積する課題に打ちのめされるのではなく、知恵を持ち寄って一歩ずつ前に踏み出す中山間地域の人々。同じ住民の目線と記者の視点を併せ持ちながら、伴走者として背中を押せるような記事を届けたいです。

  3. 運動部
    山本 修 (2000年入社)
    カープの勝利願いつづる「球炎」

     広島東洋カープの担当記者歴は14年目を迎えました。はじめは2002〜04年の3年間で、チームは長期低迷の真っただ中。先輩たちが書くスポーツ面コラム「球炎」は、総じて辛口だったと記憶します。

     駅伝などのアマチュアスポーツを取材し、08年の北京五輪では現地で中国地方出身アスリートの活躍を追いました。10年にカープ担当へ戻ると、時代は徐々に、確実に変わりました。「球炎」を書き始めて5年目の16年、カープは四半世紀ぶりにセ・リーグ制覇。激励を込めてつづってきた辛口コラムは、涙が隠し味の「胴上げ記事」となりました。

     公式戦や春秋のキャンプなど、全国各地を飛び回ってナインを密着取材。連覇、日本一、そして赤ヘル黄金期の再来へ―。その難しさを考えれば、批判精神をふんだんに盛り込む「球炎」の味付けは、不変の辛口ベースです。

  4. 整理部
    杉原 和磨 (2001年入社)
    より良い紙面目指しニュースと向き合う

     国内外から次々と届くニュースを、紙面という器に盛り付けるのが整理部の仕事です。掲載するそれぞれの記事に見出しを付け、担当のページ全体をレイアウトします。読者は、見出しやレイアウトを材料に、その記事を読むかどうか判断することもあります。整理の仕事に責任とやりがいを強く感じています。

     2016年は、特に中国新聞にとって大きなニュースが相次いだ年になりました。オバマ氏の広島訪問、リオ五輪での地元選手の活躍、広島東洋カープ25年ぶりのリーグ優勝など。「紙面にヒロシマの声を」「この写真はできる限り大きくしよう」「見出しをカープ色で」。締め切り時間ぎりぎりまで知恵を出し合い、整理部一丸となっていずれのニュースも熱く手厚く報じることができました。

     「中国新聞を読んで良かった」。そう思ってもらえる紙面を日々追い求め、今日も新たなニュースと向き合っています。

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