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  • ドラフト会議の検索結果(6ページ目)

    242件見つかりました。

  • 第6部 <10> 2019年 即戦力の森下、一本釣り [カープドラフト史] (2020/2/21 22:50)

     4位に終わった2019年、広島は投手陣の再整備に乗り出す。ドラフト会議の最優先課題は先発型の即戦力投手。就任したばかりの佐々岡真司監督がこだわったのが、明大の右腕森下暢仁(まさと)だった。  快進撃が続くと思えば、長い連敗も。好不調の波が大きいシーズンだった。3連覇中は主力投手が不振に陥ると若手が躍進して穴を埋めていたが、19年は「代役」が不在。中継ぎや抑えも乗り切れず、勝ちパターンの継投…
  • 第6部 <9> 2018年 4球団競合の小園獲得 [カープドラフト史] (2020/2/20 22:52)

     ドラフト会議が開かれた10月下旬、2年連続セ・リーグMVPに輝いた丸佳浩がフリーエージェント(FA)権を行使、他球団に移籍する可能性があった。菊池涼介や田中広輔のFA権取得も遠くない。菊池は将来的にポスティングシステムを活用し、米大リーグに挑戦するという望みも抱いていた。  都合が良かったというべきか。同年は高校生に有望な野手が目立った。甲子園を沸かせた大阪桐蔭高の藤原恭大(ロッテ1位)と…
  • 第6部 <8> 2017年 中村奨、最後の夏に急成長 [カープドラフト史] (2020/2/19 22:38)

     2017年のドラフト会議は高校生の強打者に人気が集まった。東京・早実高の清宮幸太郎を筆頭に、中村奨成(広島・広陵高)安田尚憲(大阪・履正社高)らである。清宮は高校生1位で最多タイとなる7球団が競合し、日本ハムが交渉権を獲得。広島は地元の中村奨を1位指名し、抽選勝ちした。  高校球児の中には、最後の夏に一回りも二回りも成長する選手がいる。中村奨は典型例だった。夏の甲子園で強打ぶりを発揮し、押…
  • 第6部 <7> 2016年 加藤、鮮烈だった初登板 [カープドラフト史] (2020/2/18 22:57)

     好選手が多く、2016年のドラフト会議は「豊年」と言われた。広島は投手を中心に10人程度をリストアップ。25年ぶりのリーグ優勝を達成したものの、精神的支柱だった黒田博樹が引退。連覇に向けて先発型の投手獲得を目指した。  瀬戸内高時代から完成度が高いといわれていた山岡泰輔(東京ガス)、甲子園を経験して評価が急上昇した新庄高の左腕堀瑞輝といった地元出身の有力選手も含まれていたが、「一番いい選手…
  • 第6部 <6> 2015年 1位岡田、即戦力の期待 [カープドラフト史] (2020/2/17 22:41)

     ドラフト会議の補強ポイントは投手である。この年15勝を挙げた若きエース、前田健太がポスティングシステムで大リーグ入りする可能性が強まっていた。前年は外野手の野間峻祥を1位にしており、球威がある投手をトップ指名する方針は動かなかった。  候補には、地元広陵高出身の左腕上原健太(明大、日本ハム1位)や、ともに右の本格派の高橋純平(県岐阜商高、ソフトバンク1位)、岡田明丈(大商大)らが挙がってい…
  • 第6部 <5> 2014年 俊足野間、4年目に開花 [カープドラフト史] (2020/2/16 22:44)

     2014年ドラフト会議の1番人気は、早大の右腕有原航平であった。広陵高を春の選抜4強に導き、東京六大学でさらに力を付けていた。「何球団の競合になろうとも地元出身の逸材を取りにいく」と広島は早々と1位指名を決めていた。  コンスタントに150キロ台の速球を投げる。スライダーやチェンジアップを交えるなど、力一辺倒でない点も魅力だ。予想より少なかったとはいえ、広島を含む4球団が1位指名した。 …
  • 第6部 <4> 2013年 大瀬良・田中、幸運の指名 [カープドラフト史] (2020/2/15 22:48)

     1位指名を事前公表することが多い広島が、2013年ドラフト会議はだんまりを決め込んだ。大学・社会人の投手という点は確かで、吉田一将(JR東日本、オリックス1位)岩貞祐太(横浜商大、阪神1位)浦野博司(セガサミー、日本ハム2位)らの名前がちらついていた。しかし、本命は別にいた。  本格派右腕の大瀬良大地(九州共立大)。大学通算38勝8敗、防御率1・07。最速153キロの直球を投げる上、力投型…
  • 第6部 <3> 2012年 俊足評価、鈴木2位指名 [カープドラフト史] (2020/2/14 22:55)

     誰を指名するか、二者択一を迫られたときの基準はさまざまある。2012年のドラフト会議。2位で強打の野手を獲得することにした広島は、足の速さを判断材料にした。次代の4番鈴木誠也の出発点だった。  東京・二松学舎大付高の主戦で、複数球団が非凡な打撃に目を付けていた。逆方向に大きな当たりを飛ばせるのが特長で、ソフトバンクあたりが熱心だった。  野手転向を視野にマークしてきた広島は、2位指名…
  • 第6部 <2> 2011年 野村・菊池がチームの柱に [カープドラフト史] (2020/2/13 20:13)

     2011年ドラフト会議の朝、スカウト歴34年の大ベテランは、自宅の神棚を清めて家を出た。4年間見守ってきた明大の右腕を引き当てるための験担ぎである。やるだけはやったと、広島のスカウト部長苑田聡彦は運を天に任せた。  「恋人」は広島・広陵高を夏の甲子園準優勝に導いた野村祐輔だった。大学1年の秋季リーグで34回2/3を投げて自責点0。東京六大学で44年ぶりの防御率0・00を成し遂げ、史上7人目…
  • 第6部 <1> 2010年 外れ1位福井、伸び悩む [カープドラフト史] (2020/2/12 22:52)

     「3プラス1」が10年ドラフト会議の目玉だった。3とは、東京・早実高で夏の甲子園を制して「ハンカチ王子」といわれた斎藤佑樹、大石達也、福井優也の早大の右腕トリオである。1は中大の右投手沢村拓一。広島は早大トリオのうち、最速155キロの大石を1位指名した。  10年は野村謙二郎監督の1年目で、13年連続のBクラス(5位)に終わった。再浮上に向け、フロントは監督に1位指名の選択を任せた。ブラウ…
  • 【こぼれ話】<27>「長距離砲とアーチスト」 江藤の一発、放物線描く [カープドラフト史] (2020/2/2 9:41)

     2軍の監督を任された89年のことである。中の度肝を抜く新人が現れた。前年のドラフト会議で5位指名だった江藤智(東京・関東高)である。バットの芯で捉えた打球が、春季キャンプ地の日南・天福球場のスタンドにぽんぽん飛び込んでいく。「真性アーチストだ」と目を見張った。  中の説明では、本塁打を量産する打者で、なおかつ放物線を描く一発を打てる打者がアーチスト。「ライナー性の打球を打ち込むタイプの打者…
  • 【こぼれ話】<26>「平成プロ1号」 令和のスター発掘に奔走 [カープドラフト史] (2020/1/30 10:23)

     正解は、東芝から広島に入団した投手近藤芳久である。昭和最後のドラフト会議となった1988年の4位指名。他球団を含めて指名を受けた選手は年内に入団したが、近藤の交渉は遅れ、契約を済ませたのは昭和から平成に変わった89年1月だった。晴れて?平成1号になったのである。  交渉がもつれたわけではない。ドラフト終了後、東芝がオーストラリア遠征に出発、年内に交渉のテーブルに着けなかっただけであった。 …
  • 第5部 <5> 2009年 今村・堂林、「勝ち運」期待 [カープドラフト史] (2020/1/28 23:17)

     広島にとって2009年のドラフト会議は、それまでで最も華やかだったと言えるのかもしれない。春の甲子園で優勝した長崎・清峰高の主戦今村猛を1位、夏の大会を制した愛知・中京大中京高のエースで4番の堂林翔太を2位で獲得した。チームは12年連続Bクラス。立て直しを託された野村謙二郎新監督は、2人の「勝ち運」に懸けた。  甲子園の優勝投手になった高校生を指名するのは球団史上初めてであった。夏の大会で…
  • 第5部 <2> 2006年 マエケン、沢村賞投手に [カープドラフト史] (2020/1/24 22:51)

     広島にとって2006年のドラフト会議は、戦力補強の流れを変える契機になった。高校生ドラフトの1巡目で大阪・PL学園高の前田健太を指名。投手では田中将大(北海道・駒大苫小牧高)に4球団、打者では堂上直倫(愛知・愛工大名電高)に3球団が集中。広島は無抽選で、後の沢村賞投手を獲得した。  前田健の獲得は、関西地区担当のスカウト宮本洋二郎が関わった。完成度の高さと伸びしろという、なかなか両立し難い…
  • 第5部 <1> 2005年 期待以上、梵が新人王に [カープドラフト史] (2020/1/23 22:43)

     05年のドラフト会議は10月に高校生、11月に大学生・社会人を対象とする分離形式で2回に分けて実施した。前年の球界再編騒動、有望選手への事前の金銭供与発覚を受け、選手会が改革を要望。ドラフトも例外ではなく、戦力格差を生む逆指名や自由競争枠をやめ、下位球団から順に指名する完全ウエーバー制の導入を提案していた。  ただ一部球団は、この提案に反対。自由競争で大学生・社会人と契約できる「自由獲得枠…
  • 【こぼれ話】<24>「オガタ コウイチ」 鳥栖高と熊本工高に逸材 [カープドラフト史] (2020/1/23 8:31)

     1986年のドラフト会議。広島の3位指名で会場がざわめいた。「オガタ コウイチ」に続き、「佐賀・鳥栖高」というアナウンス。「熊本工高の間違いじゃないか」と首をかしげる出席者もいた。  同年の有望選手の1人に熊本工高の内野手緒方耕一がいた。夏の甲子園にも出場し、名前も顔も知られた選手だった。他球団のスカウトは最初、広島が指名したのは「熊工の緒方」と思ったのである。  「いや待てよ」「名…
  • 【こぼれ話】<21> 「陽動作戦?」 正田獲得、内心ひやひや [カープドラフト史] (2020/1/12 9:54)

     ある選手に首ったけと思わせておき、ドラフト会議では別の選手を指名する。「陽動作戦」は球団間の駆け引きの一つである。広島が1984年、正田耕三(新日鉄広畑)を獲得したとき、他球団はスカウト部長木庭教の作戦にしてやられたと考えた。  他球団の見方はこうだった。広島は遊撃、二塁を守れる選手を求めている。同年、内野手では慶大の上田和明が1番人気。広島は絶対に1位でくる。  ところが上田は巨人…
  • 274選手リストアップ 第1回スカウト会議 [ドラフト2020関連記事] (2020/1/10 19:50)

     今秋のドラフト会議に向けた広島の第1回スカウト会議が10日、広島市南区の球団事務所であった。松田元オーナーや担当スカウトらが出席し、274選手をリストアップした。  参加者は8選手のプレー映像を確かめた。今ドラフトの方針は投手と長打力がある打者の獲得。田村恵スカウトは「投手(の獲得を目指すの)はもちろん、野手は一芸に秀でた選手が欲しい。1位候補はまだ絞り込める段階ではない」と説明。飛び抜け…
  • 第4部 <10> 2004年 期待の佐藤、球威戻らず [カープドラフト史] (2020/1/8 22:55)

     高校生を除く選手2人までと自由に契約できる「自由獲得枠」を、8球団が行使した2004年。ドラフト会議で1巡目指名できるのは、2枠とも使わなかった広島など4球団だった。注目のダルビッシュ有(宮城・東北高)は日本ハム、涌井秀章(神奈川・横浜高)は西武へ。広島は秋田商高を春の甲子園8強に導いた佐藤剛士をトップに据えた。  高校1年時から調査していた本格派の右投手。甲子園では順調な成長ぶりをスカウ…
  • 第4部 <9> 2003年 白浜、35試合出場が最多 [カープドラフト史] (2020/1/7 22:56)

     お膝元に有望選手が2人いた。2003年のドラフト会議で、広島は春の甲子園を制した広陵高のバッテリー、西村健太朗と白浜裕太をそろって獲得したいと考えた。とはいえ他球団も2人を上位指名する可能性が強く、二者択一を迫られることになった。  自由枠を行使しなかった広島の指名権は、1巡目と3巡目以降になる。まず高校生ナンバーワン捕手の呼び声が高い白浜を1巡目、早めに一線に出てきそうな右投手の西村を3…