マツダと地域の100年の歩み
マツダと地域の100年の歩み

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海塚
新八
1920年 1月 東洋コルク工業として創立
松田
重次郎
1927年 9月 東洋工業に社名変更
1931年10月 三輪トラックの生産を開始
1945年 8月 原爆投下。広島県庁が東洋工業に移転
1945年12月 三輪トラックの生産を再開
1950年 9月 1トン積み3輪トラックCT型
マツダと地域の100年の歩み

工場から出荷される三輪トラック(1952年)

松田
恒次
1958年 4月 小型四輪トラックを発売
1960年 5月 軽乗用車のR360クーペを発売
1961年 7月 ドイツのNSU社、バンケル社とロータリーエンジン(RE)の技術提携
1965年 5月 三次自動車試験場完成
1966年11月 宇品乗用車専用工場が完成
1967年 5月 初のRE搭載車のコスモスポーツを発売
1970年 4月 対米輸出を開始
1970年 5月 初代カペラを発売
初荷式に登場したコスモスポーツの試作車(64年)

初荷式に登場したコスモスポーツの試作車(64年)

創立50周年式典で話す松田恒次社長(70年)

創立50周年式典で話す松田恒次社長(70年)

完成した宇品乗用車専用工場(66年)

完成した宇品乗用車専用工場(66年)

松田
耕平
1971年 9月 サバンナ、グランドファミリアを発売
1972年12月 宇品第2工場が操業開始
1973年 秋 第1次石油危機
1975年 1月 経営危機を受け、社員を販売会社に出向させるオールマツダ派遣を開始
1975年 2月 地元経済界がバイ・マツダ運動を推進する広島郷心会を発足
1975年10月 コスモを発売
1977年12月 オーナー経営に終止符
ロータリーエンジン車の生産20万台達成(71年)

ロータリーエンジン車の生産20万台達成(71年)

東広島市高屋町に整備された社宅(72年)

東広島市高屋町に整備された社宅(72年)

広島駅で見送られる販売会社への出向者(75年)

広島駅で見送られる販売会社への出向者(75年)

山崎
芳樹
1978年 3月 初代RX-7を発売
1979年11月 米フォード・モーターと資本提携を結び、25%の出資を受ける
1980年 6月 5代目ファミリアを発売、「赤いファミリア」として大ヒット
1982年 9月 防府工場が操業開始
1984年 5月 マツダに社名変更
米フォード・モーターと提携協議(78年)

米フォード・モーターと提携協議(78年)

5代目ファミリア(80年)

5代目ファミリア(80年)

山本
健一
1985年10月 2代目RX−7を発売
1987年 9月 米ミシガン州の工場で生産開始
米国工場へ赴任する従業員家族(86年)

米国工場へ赴任する従業員家族(86年)

米国工場からフォード車を輸入(88年)

米国工場からフォード車を輸入(88年)

古田
徳昌
1989年 1月 高級車専用「ユーノス」など国内販売の「5チャンネル体制」を発表
1989年 9月 小型オープンスポーツカーのロードスターを発売
1991年 5月 センティアを発売
1991年 6月 ル・マン24時間耐久レースで日本車初の総合優勝
1991年10月 クロノスを発売
1991年12月 3代目RX−7を発売
新型軽自動車を見る女性社員(90年)

新型軽自動車を見る女性社員(90年)

ルマン24時間耐久レースで優勝(91年)

ルマン24時間耐久レースで優勝(91年)

和田
淑弘
1992年 2月 防府第2工場が操業開始
1992年 2月 ユーノス500を発売
1992年 6月  米ミシガン州の工場がフォードとの共同経営に
1993年 3月 郷心会連合会が発足
1993年10月 ユーノス800を発売
1995年11月 2代目センティアを発売
1995年11月 フォードと合弁でタイに生産会社オートアライアンス・タイランド(AAT)を設立
1996年 4月 アンフィニ店をマツダアンフィニ店に改称、ユーノス店を廃止
1996年 5月 フォードが持ち株比率を33.4%に引き上げ
シートを造る部品メーカー(92年)

シートを造る部品メーカー(92年)

防府第2工場が操業開始(92年)

防府第2工場が操業開始(92年)

水素ロータリーエンジン車を発表(91年)

水素ロータリーエンジン車を発表(91年)

ヘンリー・
ウォレス
1996年 8月 初代デミオを発売
1997年 3月 フォードとの間で商品開発計画の統一と基本車台(プラットホーム)の共通化に合意
フォード傘下となり記者会見(96年)

フォード傘下となり記者会見(96年)

ジェームズ・
ミラー
1998年 1月 社章を現在のデザインに変更
マツダ・フォードの共同開発チーム(98年)

マツダ・フォードの共同開発チーム(98年)

マーク・
フィールズ
2000年 7月 ロードスターが「世界で最も多く生産された2人乗り小型オープンスポーツカー」としてギネス記録認定
2000年11月 トリビュートを発売
2001年 3月 希望退職を募り、2210人が会社を去る
2001年 9月 宇品第2工場を閉鎖
2002年 5月 初代アテンザを発売
希望退職の募集開始日(01年)

希望退職の募集開始日(01年)

宇品第2工場を閉鎖(01年)

宇品第2工場を閉鎖(01年)

初代アテンザと新エンジンを披露(01年)

初代アテンザと新エンジンを披露(01年)

ルイス・
ブース
2003年 1月 中国でアテンザの生産開始
2003年 4月 RX−8を発売
井巻
久一
2003年10月 初代アクセラを発売
2004年 5月 宇品第2工場を再稼働
2004年12月 宇品第1工場で火災
2006年 5月 美祢自動車試験場を開設
2006年12月 CX−7を発売
2008年 9月 リーマン・ショック
宇品第2工場を再稼働(04年)

宇品第2工場を再稼働(04年)

山内
2008年11月 フォードが出資比率を13.8%に引き下げ
2008年12月 新しい広島市民球場の命名権契約を結び「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島」(略称マツダスタジアム)に
2009年 7月 タイのAATで乗用車工場が完成
2010年 3月 トヨタ自動車からハイブリッドシステムの技術ライセンスの供与を受けることで合意
2010年10月 低燃費の次世代技術「スカイアクティブ」を発表
2012年 6月 RX-8を最後にRE車の生産を終える
2012年 8月 米ミシガン州の工場でマツダ車の生産終了
命名権を得た新広島市民球場に看板(09年)

命名権を得た新広島市民球場に看板(09年)

小飼
雅道
2014年 1月 メキシコ工場で量産開始
2015年 2月 CX−3を発売
2016年12月 2代目CX−5を発売
2017年 8月 トヨタと資本提携で合意
2018年 1月 トヨタと共同で、米アラバマ州に工場を新設すると発表
2018年 5月 国内生産が累計5千万台を達成
メキシコ工場の開所式(14年)

メキシコ工場の開所式(14年)

トヨタ自動車と包括提携(15年)

トヨタ自動車と包括提携(15年)

丸本
2018年 7月 西日本豪雨で交通網が寸断。宇品と防府の両工場で操業を一時休止
2019年10月 初の量産電気自動車MX-30を公開
2020年 1月 創立100年
初の量産電気自動車を発表(19年)

初の量産電気自動車を発表(19年)