HOT VOICE

  1. 報道センター社会担当
    水川 恭輔 (2007年入社)
    原爆被害の空白に迫る

     1945年8月6日、米国が広島に投下した原爆による被害の全容は、70年以上がたっても分かっていません。心身に傷を負った被爆者や家族を失った遺族の証言を聞き取り、各地に眠る資料を探しています。

     一家全滅の家族、生まれた当日に被爆死した赤ちゃん…。被爆75年の企画「ヒロシマの空白」では、埋もれた犠牲者を掘り起こしました。若者たちの関心を高めるアイデアを取材班で話し合い、原爆で壊滅する前の街並みの写真を千枚以上載せたウェブサイトも作りました。

     「二度と繰り返してはいけない」。被爆者たちの切なる訴えを胸に、核兵器を巡る世界の動きも追いかけています。2017年には核兵器禁止条約が122カ国・地域の賛成で採択される瞬間を米ニューヨークの国連本部で取材しました。被爆者の平均年齢は83歳を超え、禁止条約ができても核保有国は反発しています。記憶の継承も核軍縮も岐路に立つ中、被爆地の新聞に何ができるか。心強い先輩や後輩たちとこれからも考えたいと思います。

  2. 報道センター経済担当
    松本 真由子 (2017年入社)
    しっかり向き合い記録する

     一面の焼け野原から国内有数の都市へ復興した広島の街。人々の努力を記録し続けてきた中国新聞でその仕事を引き継ぎ、故郷への恩返しをしたい―。そんな思いで10年間在席した全国メディアから2017年に転職しました。

     経済担当は、時代の流れを受けた生活の現状や経営者の決断を伝えます。入社3年目で担当した連載企画「変わる消費」では、キャッシュレス化やインターネット通販の普及など、日々の買い物がどう変化しているのか、現状を追いました。企業や商店街の店主、消費者、専門家など、取材先は多岐にわたり、適切な取材対象を探すのは大変でしたが、先輩に相談するとすぐに紹介してもらえ、地元に密着している強みを感じました。

     記事は中国地方の「今」を伝える大切な記録です。せっかく残すなら「この記者に取材されて良かった」と思ってもらえるよう、核心に迫り、新しい視点を盛り込むよう心掛けています。取材相手にしっかりと向き合えるところに、今の職場の魅力を感じています。

  3. 東広島総局
    高橋 寧々 (2019年入社)
    地域の懸け橋に心温まる記事を

     酒蔵などの歴史に加え、山や海もある自然豊かな東広島市に配属され、もうすぐ2年を迎えます。

     2018年の西日本豪雨で被災した町を盛り上げたいとゼロからイベントを企画した女性、70年間続けた米作りを引退する仲睦まじい夫婦…。地域を駆け回り、きらりと光る、人々の頑張りや営みを取材してきました。「今度の休みにあの町に行ってみよう」「こんなに素敵な夫婦がいたんだ」ー。地域との懸け橋となり、読んだ人の心がほっこり温かくなるような記事を書くことにやりがいを感じています。

     2020年夏、地域に残る戦時下の痕跡をたどりました。戦時中に東広島市の山あいの寺に疎開していた子どもたちについて、当時の住職が残した日記などを基に取材しました。地域の埋もれた歴史を掘り起こし、伝えていくことも中国新聞の大きな使命です。

  4. 編集センター
    山本 庸平 (2007年入社)
    紙面を分かりやすく親しみやすく

     編集センターには記者は記者でも、整理記者と呼ばれる人たちがいます。取材した記者が書いた記事に見出しを付け、1ページ全体のレイアウトを考える。紙面をまさに整理整頓し、分かりやすく正確に読者へ届ける仕事です。

     カープ優勝や改元、新型コロナ、参院選を巡る大規模買収事件…。三原支局から現在の職場に移った2018年春以降、数多くのニュースに接してきました。深夜に重大な速報が飛び込むこともしばしば。締め切り時間ぎりぎりまで、レイアウトを直し、見出しに頭をひねります。作業が遅れている紙面があると同僚でフォロー。「ワンチーム」で乗り切ります。仕事を終えた後は歴史を紙面に刻んだというやりがいがあります。

     向き合うのはパソコンの画面ではなく、その奥にある「暮らしに寄り添い、役に立つ情報」を求める読者の視点。デマも含めた情報があふれる社会で、今ほどニュースの正しい価値判断が求められている時代はありません。地域に根付いた中国新聞らしい紙面をきょうも送ります。

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